和もみ®(やわもみ)セラピストの万里です。
前回のブログでは、
「これじゃあ、ほぐれないですよね?」
という受講生さんの一言から始まった、私の違和感の話を書きました。
リラクゼーションのセラピストって、とても素晴らしい仕事なのに…
もっと可能性が広がるものなのに…
そこと向き合わないのはもったいないのよ。
そんなことを伝えたくて講座を続ける中、もう一つ気づいたことがあります。
それは、
真剣にセラピストという仕事に取り組みたい
私は、技術を教えたいわけじゃなかった。
ということです。
■正解を覚える学びに対する違和感

講座を続ける中で、もう一つの違和感がありました。
それは、「教えてもらう」という姿勢です。
どこかに一つの正解があって、それを覚えればいい。
そんな学び方。
でも本当は、逆だと思っています。
身体は、一人ひとり違う。
同じ人でも、毎回違う。
だから学ぶということは、
正解を覚えることではなく、幅を広げること。
感じ取る力と、それに合わせて対応できる力を育てること。
そう思っています。
そして講座の中で、こんな言葉を聞くこともありました。
「意識してやっています」
「そんな風にやっているつもりはないですが…」
その言葉を聞くたびに、私は戸惑いました。
意識することと、できていることは違う。
できているかどうかを決めるのは、自分ではありません。
触れられている相手です。
触れる仕事なのに、相手の反応ではなく、自分を基準にしている。
そこに、いちばん大きな違和感がありました。
イラッとすることもありました。
もったいないとも思いました。
でも本当は、
そんな触れ方をされているお客様のことを想像して、悲しかったのです。
お客様の大切な身体に触れるという行為は、
もっと大事なものだと、私は思っているからです。
■私は、技術を教えたいわけじゃなかった

講座を続けながら、ようやく分かったことがあります。
私は、やり方を教えたいわけじゃなかった。
伝えたかったのは、在り方でした。
触れるときの姿勢。
相手を見る視点。
存在に触れるという意識。
それが、リラクゼーションセラピストという仕事の価値だと思っているからです。
今までは、
言葉が届けば、心に響けば、その人は自然と動き出す。
そう思っていました。
でも、そうじゃない人もいる。
だからこれからは、
「伝える」だけではなく、「育てる」。
入り口をつくって、階段をつくって少しずつ進めるように。
必要な人だけが、深く進めばいい。
今じゃないと思ったら、離れてもいい。
押さない。
待つ。
それは、和もみと同じです。
セラピストという仕事と
本気で向き合いたい人とは、
とことん向き合っていきたいと思っています。
