和もみ®(やわもみ)セラピストの万里です。
先週は、和もみ独立講座を開催。
ほぐし独立講座4期と、オイルマッサージ独立講座5期の最終回でした。
昨年の10月からスタートして、6か月間かけて
和もみで全身の施術ができるようになり、
お客様や身体と向き合うための対応力をつけ、
独立に向けた準備を整えていきます。
すでに動き出していた人も新たな気持ちで、メニューを見直したり。
講座中に独立をした人もいたり。
この日に独立する!と決めたり。
皆さん、確実に力をつけて、前に進み始めました!
頑張りましたねー!!
素晴らしいーーー!!
▼和もみ流!もみほぐし独立講座
https://aromare.jp/infoschool-11
次期は、4月からスタートします!
あと1~2名ほど枠があります。
一緒に学びたい方、ご連絡お待ちしております。
セラピストの私が触れているのは身体だけではない

さて。今日は…
以前のブログで、
「これじゃあ、ほぐれないですよね?」
という受講生さんの一言から始まった、私の違和感の話を書いてきました。
そして、
「私は技術を教えたいわけじゃなかった」
という気づきについても書きました。
今日はその続きです。
私が「触れる」という行為を、どう考えているのか。
そんな話を書いてみようと思います。
■強もみしないで…似た言葉が増えていること

最近、
「施術者の指や身体に負担のない押し方」
「強くしなくても満足してもらえる施術方法」
そんな言葉をよく見かけます。
入り口は、似ているかもしれません。
でも、私は“押し方”や“強くなくても効かせる方法”を伝えたいわけじゃなくて…
「効かせる」という発想そのものを問い直したい。
そう思っています。
触れるとは?
セラピストとは?
どうしたら変わるのか?
私は施術のときに、お客様の身体だけに触れているのではありません。
身体も。
感情も。
思考も。
含めたその人の存在に触れている。
そんな意識を持っています。
だから私は、「施術する」という言葉に含まれる
“する”という発想に、ずっと違和感を感じていたのだと思います。
■めんどくさいかもしれません

和もみの講座では、すぐに答えを渡さない。
「自分はどうしたいのか?」と考える癖をつける。
「これさえ覚えれば!」「簡単にすぐにできる!」
といった、再現性だけを売りにしない。
効かせる方法よりも、在り方を大事にする。
…だから、
人によっては、めんどくさいと思われるかもしれません。
でも、「触れる」ということを、軽く扱いたくないのです。
そんな深い話が出来る人って、少ないのですよね…
触れることの本質を分かち合いたい。
やり方の先にあるものを、一緒に探したい。
私は、そんな人にもっと出会いたいと思っています。
私は、身体をほぐす人ではなく、
その人が自分と仲良くなれるように導く人でありたい。
触れるという仕事を、ただの技術で終わらせるのはもったいない><
もしこの想いに、共鳴するものがあったなら、会いに来てくださいね。
