和もみ®(やわもみ)セラピストの万里です。
2026年も始まりましたね。
今年もどうぞよろしくお願いいたします!
冬至を過ぎたころから、自分の人生の棚卸をしていました。
部屋の片づけもそうだけど、しまってあるものを全部出して…
いるかな?もう要らないかな?どこにしまおうかな?入れる順番は?
って考えているときって、
頭の中がグルグル忙しくて落ち着かないんですよね。
改めまして自己紹介をさせていただきます

年が明けて、だんだんと整理ができてきて。
少し落ち着いてきたので密かに作っていた自己紹介文を見直してみました。
和もみのことは、このメルマガで発信していますが、
なかなか私自身のことって部分的にしか書いていなかったような。
隠したいワケではないのですが…
実は自分のことを話すのって苦手なんですよ…
でも、自分の人生を振り返ってみると、今の『和もみ®』につながることが色々ありました。
興味のある人だけ、読んでいただけたら嬉しいです。
改めまして、山口万里の自己紹介をさせていただきます^^
■おじいちゃんのマッサージ~私の原点がここにあった~

1977年 栃木県足利市で生まれ。
子どものころは母方の実家で、両親、祖父母、叔父と一緒に暮らしていました。
夕方になると、田んぼ道を散歩するおじいちゃんの後ろを三輪車でキコキコと追いかけていったり。
おばあちゃんからは、折り紙や編み物を教わって、両親が働いている間、よく遊んでもらっていました。
祖父は片目が不自由なため、あん摩の仕事をしていて、時々私にもマッサージをしてくれたのです。
風邪のときの背中の痛みや、突き指したときの腫れが、おじいちゃんの手で楽になる。
その体験は、今でもはっきりと覚えています。
「ちょっと痛いけど気持ちいい」という感覚。
祖父は、ただ押したり揉んだりするだけじゃなく、
「まりちゃんのカラダは、今こうなっているから、こうしてあげるといいんだよ」
「だから、ここを押すと痛いだろ?」
自分の身体が今どうなっているのか?
どうして痛いのか?身体はどうしようとしているのか?
何をしたら、早く良くなるのか?
そんな話をしながらマッサージをしてくれていました。
『自分の身体に向き合うこと』を教えてくれていたんですね。
セラピストになってからしばらくしても気づかなかったけど…
今思えば、祖父がしていた関わり方こそ、私の原点であり、和もみの原点だったのです。
■勉強よりも、東京で働きたい!~接客の楽しさを知る~

私は子どものころ、運動が苦手で勉強が嫌いでした。
大人しく目立たない方でしたが、手を使った作業は大好きでした。
絵を描いたり何かを作ったりしていると、時間を忘れて夢中になることも。
クラスの友達に、先生の代わりに教えたりすることもありました。
勉強が嫌いで進学には興味がなく、高校を卒業したら…
実家を出たい!東京に行きたい!働いて自分の自由に使えるお金が欲しい!
そう思っていたので、寮付きの飲食店の仕事を選びました。
勤務先は、東京都港区。
会社の寮から30~40分かけて電車で通勤。
知らない土地、たくさんの人、大人の中で過ごすことは、ワクワクすることばかりでした。
•お客様が喜んでくれることの楽しさ
•仲間と協力して忙しさを乗り越える喜び
そんな経験を通して、接客の楽しさを知りました。
20歳の頃。そこで出会った7つ年上の男性と結婚することに。
■一人で生きていくなら手に職をつけなきゃ!

ところが…22歳で離婚。
夫は、私のやりたいことに否定的。
一緒にいたら、やりたいことがやれない…。
せっかく二人でいるのに、できることが減ってしまうなんて…
毎日がすごく悲しくて、どんどん悲観的になっていく自分。
こんな自分と関わるまわりへの申し訳なさもあって、苦しくなり別れることにしました。
離婚してまず思ったのは、
一人で生きていくなら手に職をつけなきゃ!
そうして見つけたのが、エステサロンの求人でした。
未経験でも受け入れてくれる会社で、美容や体の知識、施術の技術、カウンセリングまで一から学ぶ日々。
飲食店の接客も楽しかったけれど、一対一でじっくりお客様と関われる仕事に魅力を感じました。
手を使うことが好きだった私に合っていたのだと思います。
フェイシャル、リンパマッサージ、痩身、脱毛などの施術を担当。
その後いくつかのサロンで働く中で、売上や契約に追われる毎日に疲れてしまい…
うつ状態になり会社も休みがちに。
…だいぶ長くなってしまったので続きはまた後日。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
